涙と共に種を蒔く人は 喜びの歌と共に刈り入れる。 詩編126編5節

喜びに満ちた収穫

神様は、自らのことば(イエス様)を地上に種として送られ、わたしたち人間が大地としてそれを受け、信仰の実を産み、育て、多くの収穫を得ることができるようにと、すべてをお取り計らいになりました。神様がわたしたちに課しているのは、人が、天から贈られたみ言葉を信仰をもって受け入れ、大切に育て、多くの実を結ぶことです。(「神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業である。」 ヨハネによる福音書6章29節。)キリスト者の人生は、この世では困難と苦しみ、涙が伴いますが、後には確実な報酬が待っています。「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」( ヨハネによる福音書 16章33節)

 

 神様は特別な天使たちを収穫のために地上にお送りになります。大きな収穫でも、小さな収穫でも、ありふれたものでも、特別なものでも。「ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。」 (マタイによる福音書13章8節)ダビデによると、収穫の時は確実に設けられていて、それは喜びの歌で満ちていると宣言しています。「涙と共に種を蒔く人は 喜びの歌と共に刈り入れる。」(詩編126編5節)パウロも、最後まで信仰を貫き通す人びとに準備されている報酬について次のように述べています。「わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。 今や、義の栄冠を受けるばかりです。正しい審判者である主が、かの日にそれをわたしに授けてくださるのです。しかし、わたしだけでなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人には、だれにでも授けてくださいます。」( テモテへの手紙二 4章7-8節)救世主である神様が望まれるのは、わたしたちが神様と共に座し食事を共にすることです。「行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。」(ヨハネによる福音書14章3節)天の晩餐には、わたしたち皆が向かいます。そのときに、善い行いを伴っていけるように生きていきましょう。『また、わたしは天からこう告げる声を聞いた。「書き記せ。『今から後、主に結ばれて死ぬ人は幸いである』と。」“霊”も言う。「然り。彼らは労苦を解かれて、安らぎを得る。その行いが報われるからである。」』(ヨハネの黙示録 14章 13節)

 

天のお父様、あなたの収穫のために多くの実を結ぶようにと、わたしたちにあなたの息子への信仰をお与えくださりありがとうございます。精霊様が毎日お力をくださいますように。アーメン!

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