涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は、束ねた穂を背負い、喜びの歌をうたいながら帰ってくる。詩編 126:5-6 

天からの報酬

立派な仕事、高額な給料、高級車、大きな家、強い影響力―これらは、普通、人が持つ欲求で、それによって、人は、想像や理解を超える絶大な報酬を受けることになる小さな仕事を怠り、誘惑の餌食となってしまうものです。想像を絶する富をもたらす、神様からのメッセージを理解できるのは、謙遜な農夫だけです。ダビデは詩編に書いています。「涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は、束ねた穂を背負い、喜びの歌をうたいながら帰ってくる。」(詩編 126:5-6) わたしたちの主であるイエス様も、百倍の収穫をもたらした種植えのたとえ話を用いて、小さなタレントを埋めて無駄にすることを警告されています。荘園領主は戻ると、労働者たちに(ある人には多く、ある人には僅かの量を)与えてあったタレントを、各々がいかに有効に投資したかの報告を受けました。そして、多くの都市の統治を、報酬として与えました。「主人は言った。『良い僕だ。よくやった。お前はごく小さな事に忠実だったから、十の町の支配権を授けよう。』」(ルカ 19:17)わたしたちは、主が自分に授けてくださったものがいかに小さな事でも、不平を言ったり無視したりしないようにしましょう。 むしろ、それをやり続け、天の王からの想像を絶する莫大な報酬を頂くのを辛抱強く待ちましょう。

 

天のお父様、みことばの小さな種を蒔く仕事を、わたしたちに授けてくださり感謝いたします。聖霊様が、わたしが、天からの偉大な報酬に大きな希望を持ち、この小さな任務を継続して行うことができるよう、勇気づけてくださいますように。天の王は、子どものように純粋な信仰を蒔き続けてきた、忠実な、しかし不相応な、一人の僕を使い、世界中の人を驚かされるからです。これはもう時間の問題です。イエス様のもっとも偉大なお名前において、アーメン。